ばななせんせいとよかよか学院

教室は小さな宇宙(原文)

教室は小さな宇宙

石田せんせいが、画用紙のたばをかかえて、教室に入ってきた。クラスの子が、ひとり、また、ひとりと席に着いた。
『かかりの時間』石田せんせいが黒板にへたくそな字を書いた。

「これからかかりの時間をはじめます」つづけて「ルール」と黒板に書いた。クラスの子が、がやがやとしゃべり始めた。そして黒板の文字にさらにざわついた。


「ルールは2つ。1つは自分を幸せにすることをしてください。そしてもう一つは、ぼくも含めた教室のみんなを幸せにすることをしてください。あとは何をしても良いです。」
教室がおしだまった。

「黒板消しや、プリント配りみたいな、毎日やってほしい仕事は『一人一係』があるので、それをやってください。それ以外のことで、自分を幸せにして、みんなを幸せにする係をつくってください。人数も内容も自由です。」

先生がしゃべり終えると、ふたたび教室がざわざわした。
何をすればいいの、と声がした。何をしても良いんだ、という声もした。

石田先生。出会った日から、ちょっとかわった人だと思った。
「質問がなければ、始めてください」
質問したくても何を聞けば良いのかわからず、たいていの子がきょとんとしている中、かかりの時間ははじまった。

「みんなを幸せにするってなんだよなぁ」
人一倍、体の大きなはじめ君が、ぶすっとした顔をした。
教室のうしろに行くと、みんなに聞こえよがしに言った。

はじめ君はクラス一やんちゃな子で、先生にしかられてばかり。3年生の去年は、とうとう先生にけちをつけるようになった。
何人かの男子がはじめ君に続く。教室の後ろでかたまってぶつぶつ言いだした。

今までの先生なら、あんなこと言ったしゅんかんにしかられるのに、石田先生は何も言わない。教室は、あいかわらず。どうしよう、何しよう、ってさわがしい。

そんな中、かな子ちゃんが「よし」と立ち上がった。
「先生、ほうきをかりて良いですか」
そうじロッカーからほうきとちりとりを出して、教室の後ろをせっせと掃除しだした。

かな子ちゃんは、勉強もできる。運動もできる。クラス一の優等生だ。意地悪じゃない。でも、ちょっととっつきにくい。
どうしてだろう。もしかすると、がんばり屋さんだからかもしれない。
かな子ちゃんといると、がんばらなきゃいけない、って気になるんだ。

「なんだよ、幸せにするってそうじをするっていうことかよ」
はじめ君が、かな子ちゃんを見て言った。
周りにいた子が次々に「そうじならやらねぇ」とつづけた。

いっぽう、かな子ちゃんは、楽しそうだった。
ほめてもらいたいのかな。何度となく、ちらりと先生を見ていた。

そしてまわりを見回し、困っている子に「掃除しよう」と声をかけたとき、石田先生が、かな子ちゃんのところにいった。
「何をしているの」
「はい、そうじをしています」かな子ちゃんの背すじがのびた。

すると、石田先生が、かな子ちゃんをじーっと見た。
「それはみんなを幸せにするの?」
「はい。だって教室がきれいになったらみんな、うれしいと思います」
先生はにこりともしなかった。

「わかりました。ところで、それって、きみを幸せにするの?」
「えっ?」かな子ちゃんが息をのんだ。そして、みるみるあおざめた顔になった。
答えない。いや、答えられないみたいだ。

「……、今、そうじをすることはきみを幸せにするんですか?」
石田先生がもう一度聞いた。
そのしゅんかん、かな子ちゃんは、泣き出した。

周りがびっくりした。
「おいっ、そうじしたのにしかられてるぜ」
はじめ君だった。

やんちゃな子たちが、泣きじゃくるかな子ちゃんをじーっと見た。
「あいつが掃除してしかられてるんじゃ、おれたち、何すれば良いんだ」
教室の後ろがざわつく。教室中が固まったような気がした。
かな子ちゃんは自分の机にうっぷして大きな声で泣いた。

あんなかな子ちゃん、見たことがなかった。そのとき、初めて、かなこちゃんってずっとがんばってくれていたんだと思った。
教室のざわつきがピークになりそうなとき、ふと見ると、はじっこで、もくもくと作業している子がいた。

ちづるちゃんだ。
おとなしい子。交わした言葉も数えるほど。印象がほとんどなかった。
その子が折り紙を折っていた。

なんだか堂々として見える。何より楽しそうだ。
慣れた手つきで折り紙を折り、ときおり顔を上げて、にっと笑った。
「ねぇ、わたしも入れて」
ちづるちゃんの机の前にみおちゃんが立っていた。
負けずおとらずとおとなしい子だ。

やがて二人は折り紙を折りだした。
教室がざわつく中、二人は折り紙を折りつづけた。
すると、そこだけが、違う空間になっていくような気がした。

「楽しいね」
みおちゃんがぼそっと言うとちづるちゃんがほほえむ。
でも、すぐに折り紙に目をうつす。
それは、真っ暗い教室に小さく明かりがともったようだった。

そこに、さっきまで泣いていたかな子ちゃんがやってきた。
二人のことをじっ、と見つめると、石田先生へと歩いて行った。

「せんせい! あの二人、いいんですか?」
かな子ちゃんの指さした先には、折り紙係の子たちがいた。
どうやら、折り紙を先生に許可なくやっていいのかということらしい。

「あの子たちに聞いてみたら?」石田先生が答えた。
「自分を幸せにしているの?」って「えっ」かな子ちゃんは、じっ、と二人を見た。

それは誰が見ても幸せそうだった。
そのままもう一度、席に戻ってかな子ちゃんは泣いた。
気づくと、折り紙係は、一人増えて三人になっていた。

教室に飾ろうとしているらしく、花をつくっていた。
小さいけど力強い花。どうしてあの子たちをおとなしいって思ったんだろう。

「ねぇ、その折り紙のお花、欲しいな」
しばらく立つと、つくったものをほしがる子が出た。
「えっ、もらってくれるの?」ちづるちゃんがびっくりした。
「だって、すごくかわいいもん。そんなのみたことがないし」
その言葉にちづるちゃんが笑った。

「わたしも」「わたしもちょうだい」と列ができた。花はあっという間になくなった。
列の子たちが、残念そうな顔をすると、
「そうだ、これなんてどう?」列に並んでいたきてんのきく子が口を開いた。
「この紙に名前を書いてもらってできた順に届けたら? それから、数は何個までって決めた方が良いよ。さぁ、みんなあとで届けるから戻ろうぜ」
みんながその子の言葉に納得して、それぞれのことを始めた。

折り紙係の子たちが口々に「ありがとう」といった。
その子、克己君は「折ることはできないけどさ」と笑った。

克己君は、さらに「給食のとき、係のプレゼンの時間があるでしょ、みんなとじゃんけんをして勝った人にプレゼントすると良いよ」とか「折り紙教室を開いて教えてあげたらいいんじゃない」っていっていた。
それはまるで、パパが言ってた『コンサルタント』みたいだった。

列の中には、クラスでも、三本の指に入るくらいのだらしない子もいた。
いつも鉛筆や、プリントが床に落ちていた。せっかくのお花もそんなふうになっちゃうんじゃないかな。
「やったぁ」男の子の手にも花がわたってしまった。

その子は、机の引き出しをあけた。そして中のものをとりだして、床に放り投げると、花だけはていねいにしまった。そしてうれしそうに引き出しをしめた。
プリントは床に置きっぱなしだったけれど、なぜかほっとした。

三人は、がんばって折り続けた。
ところがつくってもつくっても足りないようだ。

「なぁ」三人の前に、ぬーっ、と男の子が立った。はじめ君だ。
「知ってるか? ダンス係のゆみ。アイツ、その花なら折れるらしいぜ。さっき言ってた。手伝ってもらったら? オレ、ゆみに言ってやるよ」
ぶっきらに言っている。でも、心配しているのがあきらかにわかった。

「そ、そうなんだ」とちづるちゃんがふるえる声で言った。
どうやら、はじめ君に声をかけられ、びびっているようだ。
「ひょっとしてこわい?」
「い、いや」
「まぁ、いいけどさ」

はじめ君は、教室のすみでダンスの練習をしているゆみちゃんのところへ行った。
やがて、はぁはぁいいながらゆみちゃんと二人のダンス係がやってきた。

「はじめから聞いたよ。いっしょに折ろう」
ゆみちゃんがそのへんの机を動かしてちづるちゃんたちの机にくっつけた。

はじめ君は、と見ると、あっちへ行ってはおしゃべりして、こっちに行ってはおしゃべりをつづけていた。
不マジメだなぁ、と思っていたが、話している内容にびっくりした。

「折り紙係、人手が足りないみたい」
「ダンス係、音楽をかけてくれる人さがしてたぜ」
よくみているなぁ。クラスのことなんかちっとも思ってなさそうなのに。

やがて、はじめ君は、こっちにもやってきた。
「かな子、泣き止んだらクイズ係に決めたみたい。あいつ頭良いからあってるよ」と言った。その言葉はどこかやさしかった。

どきどきしたけど、聞いてみた。
「はじめ君は何係にするの?」
「オレ? そうだな、何にもしない係、かな? でも、せんせに言うなよ」
くるっと背を向けると頭をかきながら歩いて行った。

何もしないはじめ君をだれも悪く言わない。
なぞがとけた。みんなが好きなことをしているからだ。
みんなが好きなことをしていれば、人が何をしてもどうでもよくなるんだ。

そして、その人の良いところだけが浮きあがって見える。
石田せんせいは、みんなに紙をくれ、セロテープをくれ、と言われていた。
その顔も楽しそうだった。

ふだん、話したことのない子が話している。冗談を言い合っている。
踊ったり、絵を描いたり、本気で話し合ったりしているみんなの顔は、ほれぼれするほどかわいくって、かっこうよかった。
それぞれの場所で勝手なことをしているのに、みんなが、つながっていた。

「うちゅうみたいだ」ぼそりと口にする。
教室が小さな宇宙に見えた。
明るく輝く星。赤く光る星。流れ星。
月のような子も、お日様のような子も。
すべてが大事で重要だった。


時計を見る。2時間がたっていた。
あっ、というまだった。この時間何をしたのか、係ごとに宣伝する時間が近づいていた。

3年生からの持ち上がりのクラス。
けんかばっかり。みんなが怖くって特定の子としか関われなかった。
そもそもみんなのことをよく知らなかった。

4年生になってクラスがかわったわけじゃない。石田せんせいが何かしたわけでもなかった。
でも、この1年、自分を幸せにしてみたいと思った。

かな子ちゃんが折り紙係から折り紙をもらっていた。
ごめんね、って謝るかな子ちゃんはとってもきらきらしていた。
「ねぇ、いくえちゃんは、何係になったの?」
気づくと、クラスの半分くらいの子がわたしの前に立っていた。

そこには、ホントは優しいはじめ君も、コンサルの克己君も、誰よりも強い、ちづるちゃんもいた。
「オマエ、作文うまいから、このこと書いてみたら? まぁ、オレ手伝えねぇけど」
一度も話したことのないはじめ君なのに、わたしが何が好きなのか知っていた。

「新聞書いたら、宣伝しますよ」
克己君がわたしの顔をのぞきこんだ。
「あの、その新聞に、よかったらこれ、貼ってくれますか」
ちづるちゃんの差し出された手には、あの花があった。

「あっ、みんな、ありがとう。わたしね、わたし……」
わたしは、家族にも話したことのないテンポとスピードで、自分のやってみたい係のことを口にした。