講座(感想)new

講座感想

スピーチ学院

座でした。

笑いが絶えない講座、なんだけど、
それだけじゃなかった

私がこれまで話していたことも、これから話したいこと、これから話していくことも、すべてのベースは「好きの中の嫌いと嫌いの中の好きを見るのが好き」というものがはっきりして、「カツオくんはどうして怒られる?」というテーマから「新しい切り口の発見」をしていたんだということに、これまでも、そしてこれからもしていく、ということに気がついた。

自分が話すことの輪郭がはっきりした、ということなんだな。

そして私ってどうやら「嫌いなことも楽しそうに話す」ということらしい。

これって大きな強みだな。

私はこれから、長年敵だと思っていた場所に、いやいや敵じゃなかったっすねー

てへぺろー

とサラッと伝える機会も増えそうなので、今回この講座を受けてみて、ナイスタイミングでしたの。

何か伝えたいことがあるんだけど、なんだかわからないけど言葉が出てこない、私って何が言いたいんだろう?そんな人におすすめの講座です。

いや、別に伝えたいことがなくてもいいの。

ばななさんの講座、これに限らずいろんなことをやってくださっているのですが、純粋に自分は何がやりたいのかわからない、私ってなんの取り柄もないふつーの人。そんな方たちにもさらっと受けてみてほしいです。

新しい自分の発見、さらっとしちゃうよ。

自分でも気付いていなかった、伝えたがっていることを気付かせていただきました。
自分が直したいと思っていた事が逆にそこがあるからいい!と。
緊張しいの私が自分らしく話す楽しさを教えていただきました。
皆んなでたくさん笑ったり、泣いたり楽しく学べました。

みんなの前で話すのは緊張するし、頭真っ白になるし、
言葉もうまくまとまらずで…そういう自分だからこそ、自分が感じた事を声を出して「伝える」事について、「話す」ことについて、学んでみたかった。それで、スピーチ学院の受講を決めました。

本当に苦手だったけど、みんなの前で「話す」に沢山チャレンジさせてもらえ、そして、みんなに「話を聞いてもらう」を体験させてもらいました。
そして、発見。
ただ、聞いてもらう事が嬉しかった。私、自分の気持ち聞いて欲しかったんだなー。

そして、みんなの話を聞くのがとても面白かった。
みんなのあり方が見えるから。
それぞれが、話の中心に自分の伝えたい事を持っていて、
どんなお題を振られても、その人のあり方から話してる。
そして、同じテーマで1人ずつ話すと、みんなあり方が違うから、みんな違う切り口で様々な視点でお話が展開される。その違いが最高だった!

自分のあり方をばなな先生やみんなからのフィードバックで知ることができて、私自身が大事にしている事を再確認させてもらう事ができました。

とても楽しい時間でした!
沢山の気づきと体験ありがとうございました(^ ^)

 

伝えたい、話したい。そう思ってない人にもかなりオススメです。

毎回お題があり、それについて自分の言葉で話すことをやっていくんですけど、何を話そう?と自分に問う時間になっているから、すごく自分に集中して、自分の中から言葉を出していくんですよ。

私はこの自分の中から言葉が出る事がとても楽しくて。

探っている間に最初は、自分ではなく誰かのうけうりのような言葉が浮かぶ時もあるんです。

でもそれもそのまま出していく。

するとスピーチ学園講師ばななさんがあなたらしさをビビッと感じで伝えてくれます。

あなたの持ち味、あなたの芯の部分、あなたが人生で伝えていきたいこと。。。

これがクリアになると、それはそれは満たされる。

不思議と自分がより愛しくなる。

言葉足らずに感じますが、私がスピーチ学園を受けて感じたことは以上です。

自分が何を持ち生きているのか、それがわかる時間になりますよー!

よかよかライティング学院

上手な文章の書き方
売れる文章の書き方
正しい文章の書き方

そんな文章講座はいっぱいあるけれど
「自分らしさ」をここまで追求した文章講座は他にはない

講座では、受講生それぞれの見方の違い
特に距離感の特性を見極める
誰もが自分に心地よい距離感があり、それはひとそれぞれ違うのだ

私の場合、自分が思っていたよりもっと近寄って書く方が文章が自然だということに気づいた

書けない理由
書き続けられない理由も
才能がないからとか、自分が怠け者だからとか、意志が弱いからだとか、自分が思っていた理由とは全く違っていた

対象との距離感や「こう書くべき」「こう書いてはいけない」という思い込みが、自分を書けなくしていたのだ
この自分が「自分書けない理由は」受講生皆が勘違いしていた

最初はこうやって言い切ることもすごく怖かった
言い切ったら責任をとらなければいけない気がしていたからだ

でも言い切った文章の方が明らかに良いと気づけた

また、拘りを出してはいけないという思い込みもあった
寧ろ拘って書いた方が伝わるということにも気づけた(これはほんとうに驚いた)

受講生同士の違いや共通項を見つけることで、より気付きが深まった
グループで受講できるのも良い所だと思う

よかよかライティング学院は
自分の「書けない」理由の勘違いを紐解き
自分らしい、自分だけの書き方に気づくことができる講座だ

書きたいけれど書けないひとや
書きたいけれど書くことに苦手意識を持ってるひとにこそ受けて欲しい講座だと私は思う

ライティング学院には、「書くことが楽しい!」と思えるようになりたくて参加しました。
書き出しからつまづいて、書くことに時間がかかっていた理由がわかりました。
情報が多すぎる中、正解を探して、迷走・・・。
自分が見えているものを尊重する!ということをできていませんでした。
心のことを学んで、だいぶ自分のことを好きになってきたと思っていたけれど、書くことに関しては、自信がなく、自分の力を信頼していなかったようです。
「私が見たものを見たままに書く」「私の目を信じる」
「できる私を開放する!」
講座の中で、自分の得意な距離感、見方がわかり、その見方でやっていくと、自分でもびっくりするくらい言葉が次々とでてきました。
自分の見たこと、感じたことを自分の言葉で表現できた時、心がとても喜んでいると感じました。
私は私のままでいい、と思うことができました。
書く順番は気にせず、書きたいところから書いていい。自分で自分の枠を作り、身動きをとれなくしていたけれど、心と同じように制限を外してやりたいところからやっていい。【制限からの解放】が私のテーマなので、また一つ、心が軽くなりました。
タイプ別のチーム分けで、より自分のことがわかりました。チームメイトの存在が安心感抜群でした。
職場での文書作りに添ったアドバイスもしていただき、即いかすこともできました。
「よーこは見た!」をペンネームで、と言われた時に、学生時代、「首をかしげて窓から覗いているミッフィーに似ている」と言われたことを思い出しました。私の距離感はもうずっと前から定まっていたのかなと思いました。自分の感覚を大切に、自分の書きやすいところから書いて楽しんでいきます♪
ありがとうございました。

*ブログがいつも飽きてしまう
*何を伝えたいのかわからない
*自己満足の世界になりがち
……だけど、書きたい!
と思い、受講しました。

まず、無駄に長くなりがちで何を伝えたいのかわからなかった理由が、注意力散漫だとわかり、目から鱗でした。

そこから、自分の視点の距離がわかり、ぐっと書きやすくなりました。

そして、自分のスピードや直感力的な物まで付随してわかり、一粒で二度美味しい……そんな講座でした。

スピーチ学院に続いて受講。
発信していきたい気持ちが出てきたから受けてみた。

自分の中の男の子と女の子がおしゃべりしている。脳内で起こってることをイメージできるが、それを言語化、実際に体験させてもらえる場。

本当に男の子と女の子がうまく融合された時、文章はスラスラ書ける。


自分を表現したくてたまらない人。
お試しあれ。

ばななモード学院

◾️モード学院1回目の感想。

モード学院終わった
興味のあるものしか話せない私が話すのは旦那のグチ
なんぼでも話せる事実に驚愕

◾️モード学院2回目の感想。

「とりあえずやってみる。それから捨てる。」
っていうパターンがあることがはっきりわかりました。
捨てるってフレーズが嫌だなぁって思ったけど、そんな自分もいいって思えたのが不思議でした

◾️モード学院3回目の感想。

「あーーー、ヤダーーー」

絵を描くよりも
音での自己表現、
ムリーーーーー

休憩時間、ひとりごねてた
課題、こわすぎ!!!
やりたくない!!!

けど、怖いからこそ価値があるっておもってるんです、
怖いところへわざと突っ込むんですよ!

怖い怖いと言い、ゴネてから、肚を決めて、やる。

このサイクルある!わたし

頭ん中でごちゃごちゃ考えた末、
最終的に子守唄を歌ったんだけど、
めっっっっちゃ気持ちよかった!!!

やってよかったモード学院

あなたもあなたのモード、確かめてみてね!!!次があるか知らんけど

◾️モード学院4回目最終回の感想。

昨日はモード学院最終日、発表会でした!

《ここ最近での集大成の様な時間でした。》

モード=状態
それを知れば何をやっても自分らしくある。
自分軸。

作文・絵・音楽を通して、子供の頃の自分に戻る時間で、
たぶん、トラウマっぽいものに触れちゃうからかなー、すんごいしんどい時間でした。

やってきて、発表会に選んだことは、一番苦しくてしんどかった音楽でした。

しんどかったけど、
ホントは音楽大好きだったと気づきました。

小5のとき、笛を吹いてる時、いじめられて、悲しくて悲しくて泣いてしまった。
また、中3の試験の時、先生の視線に、緊張して吹けなくなった。
ことで、音楽は苦手だと思い込んでました。

そういえば、大人になって、
弾けないのに、キーボード・オカリナ・ギター・ウクレレ、
を買ってたり、

2017年に教えてもらったオカリナ曲2曲、飽きずにまだ吹いてたり、
モード学院発表会でも、その曲吹いて、さらに歌ったりしました。

やっぱ音楽は大好きでした。

それをモード学院で気づきました。

本質とは違うところを批判されただけ。
好きなら必ず出会える。
本当に必要なものとは再び出会う。

わたしの今が喜びにあふれ、
過去を赦し癒され、
未来も輝きだしました。

何十年を経て、自分の中が調和しました。
こんなことって起こるんだなー。
生きててよかった

最近、人生の取捨選択が始まってるなぁって感じてましたが、
ほんとに必要なことしか手元には残らないってつくづく思います。特に人間関係…

家族を大事に、親友を大事に、仲間を大事に生きる、
そんな自分を一番目に大事にして生きる。

好きなら必ず出会える。
本当に必要なものとは再び出会う。

出逢ってくださり、ありがとうございます

調和って気持ちいい…

自分の中の調和を知りたい方はばななせんせいの場をのぞいて見てね!全部オ

ばななさん曰く。ばななモード学院は『出来栄えなんかどうでもよくただプロセスを知って自分のモードに気づく場所です』
 
3回受けるのですが、先日の第1回目は
「作家モードの自分に気がつく」
ということで、写真から俳句を作ってみたり、参加者共通の知っているお話から、それが何を伝えたいか答えてみたり、自分で作文をじっくり考えてみたり。
 
濃い3時間。
これまたあっという間だったけど。
 
私は無意識にやっていた好きなことが、こうやって無意識でなく、実はきちんとそこに意識してやっていた、ということに気がついて。
 
私の表現方法は、見えない感覚を形にしていた、ということでした。
 
そーなのそーなの。
思わず膝を叩いちゃったけど。
そういうことだったんだなぁ
 
前回、スピーチ学院というワークにも参加していたのだけれど。
 
ばななさんのワークって、
自分が無意識にやっていたことを、
きちんと目に見える言葉に変えてくれて、
それが圧倒的な自分の説得力につながるんだな。
 
それがいいとか悪いとか、
そんなことはまったくなくて。
 
私、ついつい自分がやったことに対して
ダメ出ししちゃっていたんだけど。
 
それは参加された皆さんも一緒で、
自分に自分でダメ出ししちゃう。
そんな参加者さんをみていると、
えーそんなことないよ?
それ、ステキなところだよ?
そうにしか思えなくて。
 
そこから、ふと、あれ?
もしかして自分もそんなことないのか?!
 
って、ばななさんのコメントや
他の参加者さんの言葉を
素直に受け取ることにして。
 
どんな話し方でも、どんな書き方でも、
ちゃんとそこに私はいるんだなぁ。
 
それがよくわかるワークなのでした
 
よかったらほんと、
なんでもいいのでばななさんのワークを
体験してみていただけると
この意味がもっとわかる気がします
 
ほんと、すごいの!
ばななマジック!それに尽きるわ
 
さて。
次回のモード学院は…絵を描くそうな
そしてその次は歌うそうな
 
上手いとか下手とかそんなこと関係なくて、どんな方向から自分を見てみても、表現するベースは何も変わらない、ということを実証するという時間。
 
うふふ。
楽しみだなぁ
 
私がいろんな方向から、一つ一つの形をなして私という1人の人間になる。
そう。
まさに私のプロセスなんだな。
 
それがわかるんだもの。
でもって、すんばらしい説得力になるの。
自分をこんな風に圧倒的に説得できる。
 
あーすんばらしい
 
そしてそれを噛み砕いて声に出してみると
ベースはみんな一緒だから、届く。
 
うひゃひゃ。
すごい人に出会えたわ
 
 
最後の音の講座ということで、
講座の最後に自分で音を出す…
という課題をすることになり。
 
たまたまいた部屋に
義兄からもらったギターがあってね。
 
そういやうちの父も昔よく弾いていたなぁ…
というところから
よし、私も確か教えてもらったっけなーな
禁じられた遊びを弾いてみよう!となり。
 
 
…でもね。
私は楽譜が読めないの。
楽譜読むってなんですかー???ってほどに、
それがいまいちピンとこなくてさ。
 
じゃ、どうするかって言ったら
適当に鳴らしながら音を探って
つなぎ合わせる…という感じ。
 
単音でしか弾けないけど
 
だから楽譜はいらなくて。
 
それはピアノもそう。
 
音を思い出しながら指でたどる。
 
幼稚園で「こぎつね」を歌った日、
うちにあったピアニカで
それを弾いて
次の日に幼稚園で弾けた記憶があってね。
 
それとね、
そういえば同じような感覚で
私はパソコンなら
ブラインドタッチができちゃうの。
 
アルファベットの場所の位置というより
指の動きで、位置を把握してる、
という感じかな。
 
で、その講座の中で時間をもらって
ポロンポロンと音を頼りに弾きながら、
ふと思い出していた。
 
あー。
私って、こうやってあれこれ
できちゃうことあるなぁ。
本当に感覚でできちゃうんだなぁ。
 
…でも、それがふと悲しくなった。
 
なんでかってさ。
私は先生が求める答えは出せたけど、
それは先生が教える方法ではなく、
私自身が勝手にやる方法。
おそらく、学校学ぶ学習とは
180度違うんだな。
 
だから、答えは褒められても
その途中のやり方に関しては
否定されていたと感じていたのかもしれない。
 
まして私は答えなんてどうでもよくて
その答えを出す過程に重きを置いていた…
んだな。
 
求められた方法ではできない、
そして、はなっからやらない。
でも、それが私なのに、
それを認めてもらえなかったら…
 
まだまだ戦後を色濃く残している人に
教育されてきた人が
教育しているあの時代。
 
それは私が悪い、となる。
そういうふうにできない私が悪い、と。
 
…いや、そうじゃない。
誰よりもそれを否定していたのがこの私、
だったんだな
 
なーるほどねー
 
どんなやり方でも、
何を使っても、
答えが出せればそれでいいんだ。
 
はたまた、たとえその求められた答えが1、
だったとしても、
人によってはそれが1じゃないことがある。
だけど、その人にとっては
どう考えてもその過程は
そうにしか見えないから
そう答える。
 
本当はそれで正解なんだ。
本当はそれが正解なんだ。
 
いや、正解って言葉でくくるのも嫌だな
 
それが私、なんだな
それがあなた、なんだな
 
なにをやっても、どうやっても。
全ては私が生み出しているんだ。
 
 
感覚でできてしまうことって、
まるで努力してないように感じるし、
自分の中ではできることが当たり前、
とすら思っちゃうから
できない人からすごいなって
褒められても、
いやいや、こんなことできてもね…
というふうに
自分が持って生まれた大事なスキルを
勝手に軽んじてしまうんだな。
 
そんなことに気付ける。
 
そしてそこを、ばななさんはもちろん、
一緒に参加してる皆さんから
褒めてもらえる。
 
納得したからこそ、
その言葉も素直に受け取れる私がいる。
 
ま、そんなわけで私、前回受けた
スピーチ学院も、
今回受けたモード学院も、
そういえば宿題、ほとんど
手をつけなかったな
 
それでも褒められる、そんな場所
それでも認めてもらえる、そんな場所
 
ほんと、自分が自分をやっている意味が
とっても明確に見えるんだな。
宿題をやってもやらなくても。
上手い下手でもなく。
大人でも子どもでも関係なく。
 
すごいの。
 
ほんと、これ私の感覚だから
なんともうまく説明できないけども。
 
私みたいな感覚であれこれできちゃう
器用貧乏さんには
とくにこれ、受けてみていただきたいわ
 
貧乏どころか、実はめちゃくちゃ豊かなもの
もっていたこと、知れるよ
 
そしてその指摘の精度がほんとに凄いの
 
だからそこまで辿り着けたのかもしれない
 
そして参加されてる皆さんが、
そのタイミングで参加されたことが
よくわかる
 
うひひ
 
そしてこれが私が誰かに伝える
大丈夫!の大元だったのかもしれない
 
うれすぅいーーーーー
 

家事セッションでわかる わたしらしさ

いつも何気なくやっている家事から自分らしさに気づくことにびっくり!
ってか、タオルが好きだったことに自分でもビックリ!笑

生地とかにこだわりがあるわけじゃないのに、畳み方、使い方(1回使うごとに洗濯機行き)そこはこだわってました。

自分の世界のこだわりのなかにも軽重がある。
方向性が大事。
(わたしにとって方向性は理念)



なんかめっちゃしっくりきましたー!

タオルが自分の理念なんだな 笑
で、みんな各自のタオル持ってて欲しいんですよね(^^;

みんなタオルもってる?笑

あと、
わたしの前にセッションしてたともみんとの違いも面白かったです。

洗剤入れるタイミングとか、干し方、畳み方、
全然わたしとは違いました。
自然とやってしまっていることに自分らしさがある。
自分のことって本当にわからないものですね。

いやー…面白かった!
ありがとうございました

家事と言われて、最近まともにやってないぞ~(^_^;)
とか思いながら答えてました。

自分にとっては、
当たり前のルーティンからこんなにも自分の自覚してない部分が出てくるとは…めちゃくちゃ驚きました(゜ロ゜)

いくつか、
やってることから拾っていって腑に落ちたことがあります。

私の場合、まさかの順番を意識してる。
いつもテキトーにやってると思ってましたが、
言われてみると確かに(^_^;)

広く伝える…もそう。
今SNSの媒体が、Facebook、インスタグラム、
Twitter、たまにブログと4種類。
やっぱ伝わるようにを意識してる→と後から気づく。

いくちゃんのタイトルは秀逸で、
人生の作戦としたらまさにシンデレラフィットを探してる。
ピースがはまると、動き出す…そんな感じがピッタリ。

すごかったぁ。
具体的にイメージしやすいし。

あと、これは私が思ってたこと。
私がばなな塾受けた理由も、天才性(=個性)
がわかりたかったから。

私みたいに、自分に迷ってる人結構いると思う。

そこで良さを伝えられると目から鱗という感じで、
自分を少しずつ受け入れていきやすい…そんな気がします。

家事にそんなこだわりないぞーと思いながら、
話してみるとこだわりバリバリな自分に恥ずかしくなりました。

朝起きたときに、キレイなキッチン(特にシンク)をみると、
テンションあがって気分よく過ごせるので、
0にもどすもしくは、
0から始めるというのが私にとって大事なパターンなんだ!
とふにおちました。

想定内で納めたがるのも心当たり。
可能性を数パターンと最悪パターン予想しています。ので、
予想外の出来事には弱いです。

そして、強敵(あぶら)との闘い。
あぶらにこんなに固執していたのもびっくりでしたが…

そういえば、
何かをしながら、常に大物をどう捌こうか、
どうしたら効率いいか、
どう戦ったら仕留められるかを考えてるな私。と思いました。

物事を0からはじめ、計算高く、
大物は別の枠で考えることが私のサクセスストーリー。

リセット戦士 、リセットちゃん、ゼロスターター、マグロ一本釣り解体ショーなど楽しい作戦名でお皿洗いが楽しくなりそうです!!

普段こだわりの家事なんてないよなぁ。
ズボラすぎて、、、
なんて思ってました。

ふと思い浮かんだのが、
餃子を作る時!

料理を作るのはそんなに得意でないけど、
餃子はいつも、ノリノリで作る。
逆にノリノリな時に、餃子作っちゃおうとなる。

なんで、そう思いますか?
餃子って、何ですか?
こねるって何だとおもいますか?

ばなな先生の質問 に、時につまりながら。
だんだんとポロポロと自然に答えが自分の口から出てきました。

私は、餃子の作る工程が好きで、
話をしました。

そんな話をしていると、
怖い職場の上司、
姉との仲直りの仕方をばなな先生から教わりました。

最後に、ばなな先生からの宿題
・お姉ちゃんとの思い出を振り返る
・怖い職場の人に、プチプレゼントをしたり、憧れてる所を伝える
でした。

セッションが終わった後
胸焼けがする程嫌いだったお姉ちゃんを思うと涙が。゚(゚´ω`゚)゚。
大好きなんだなぁ。と気がつきました。

次の日、怖い職場の人が、温かく思えてたのが不思議です。
「〇〇な所が憧れてます」を言えるとおもってたのに、
言えずもじもじ。
アイコンタクトは、めちゃ送りました!
職場のその人が、不思議と愛しく感じました。

家事セッション。
凄いです!
まさかの、餃子からの、姉笑

大作戦のネーミング
「一口餃子を、みんなの口に放り込む」

火傷したらごめんね( ̄∇ ̄

なんの気なしにやっていたつもりが、
一箇所だけ熱量が違った事にびっくり!!

楽しむためにちゃんとやる。
人事を尽くして天命をまつ。
真ん中達成感!
がキーワード。

それを毎日やっているんだから、そのクオリティは高いよね!

自分の意外な才能が見つかり、
家事をしている私の価値あがりました^_^ 

かかりのじかん

大切なことを再度心に落としました。
聴くことと、そのまんまのあなたでいいと伝えること。
そのわたしで、子どもたちと一緒にいようと思いました。

自分の発してる言葉の捉え方で、
相手の言葉を受け取っていたという自覚が
全くなかったので驚きました。

私は娘に「わかってほしい」をぶつけ。
母も私に「わかってほしい」をふつけ。
もしかしたらおばあちゃんも母にそれをしてたのかなって。
いい、わるい、じゃなくて
受け継がれてきたことなんだなって。
そしたらなんだか愛おしい感覚になりました。

ひとつひとつの言葉を大切にするようになった気がします。
受け取る言葉の重みも大切にするようになった気がします。

お母さんの幸せを願って
子どもは母を選んでくるのであれば、
お母さんが幸せでいることが
一番の子育てになるんじゃないかと思いました。

あんなにも人から
「それでいいですよ。」
って言われたのは初めての経験でした!!!

みんな違ってみんないい。
の意味が、初めてわかった気がする

リーダー的なことや、人の前に立つことが得意ではないこと…
これが、私なのね(*^^*)
と、自分に「それでいいよ」と優しく思えた時間でした☆

子供を自分の所有物のように感じて
思い通りに期待したように行動してほしいな~
と多々思ってしまうのですが、
全然自分と違う人格なんだと、
改めて子供そのものの
人格を認めてあげなくちゃいけないなと感じました。

わたしがわたしで大丈夫なことを
知る、
頭で知るのでなく、
体感する場所でした。

「そのままの自分でいい」
が、初めて実感として腑に落ちまし た。
ありのままの自分を受け入れると
他の人のことも
受け入れられるようになるのですね!!

自分が小学3・4年生になると、子どもの人生も変わる。
間違った子育てしなくて良かったです。

私はわたしでいいんだ、あの子はこんな子なんだって思えるようになりました。

自己肯定感って
○○が出来るから私って凄いとか、
○○さんより私の方が凄いとかじゃなくて
みんな凄い
私も凄い
って思えた時、自己肯定感が高いってことなんじゃないかなあと思った

ああ、他人と自分を比較するって、
自分を責めるために使わなくていいんだなって
体感できたような気がする。

欠点を含めてそれでいいを言える事で、自分を肯定できる、肯定できたからまわりも肯定で
きる。

それでいいって思えないこともシェアしたらみんなに「それでいい」って言ってもらえて、
それでいいような気がしてきて、受け入れたその時から自分が輝き出すから不思議。

全てがパーフェクトじゃなくてもいい
全てがパーフェクトなんだから

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