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Subscriberさん
こんばんは。

「あなたのかかりをしようよ! 自分と周りを幸せに出来るよ」
を伝える、
あり方を発見5歳児
『ばなな』でございます。


突然ですが
「愛」の反対って何でしょう?



ぼくは「怒り」とか「憎しみ」だと思っていました。
ところが違うようです。

「罪悪感」

なんだそうです。
「怒り」や「憎しみ」は、
自己愛が根底にあって、自己愛が満たされないときに生じる感情なんだそうです。


怒りとか憎しみは「自分のことわかってくれ」という叫びなのです。



愛は「与える」という行為なのですが、
怒りにしても憎しみにしても
相手に「与える」(怒りをぶつける)
という積極性を伴う以上、
愛の一種なんだそうです。


ところが、「罪悪感」というのは、
自分が「与える」に値しないという自己否定から始まるので、
何も与えていない。

そこから
愛とは与えること
罪悪感は
与えないこと
となり愛と罪悪感は対極の関係、なのだそうです。

その通りだ、と感心しました。
 

ぼくは小さい頃「母親の子どもである」
ということに 罪悪感を持っていました。

「ぼくがいなければ」とも思っていました。
また、「男性である」ということも 否定していました。

モノ書きだったときは、ぼくの書いたものなんて……、
と思う自分もいました。



これが罪悪感です。


子どもたちにも「どうせわたしなんて……」と思う子がいます。

それは、自分であることに罪悪感を持っています。

親の期待や願いに応えたい、でも応えられていない、
というジレンマを感じています。


しかし、よく考えてみると、
罪悪感のある子は、愛の対局ですから
本当は「与えたい」という強い願いをもっています。


だから、
「君にも十分誰かに与えることができるんだよ」
ということを気づかせることによって、「愛ある子」にシフトできます。 



君は与えているんだ

というか与えてない人なんてこの世に一人もいないんです






その昔下の子が、幼稚園に入園したとき


三日めから「もう行きたくない」と言い出し、ぐずくずしていました。

とうとう体調を崩し、二日間休みました。

二日間、たっぷりママと一緒に過ごしたら、
昨日「がんばってみるよ」と言って出かけていきました。
これってママに『親離れ」を与えたんですよね。



新学期、皆様もお子様も色々あると思います。
でも罪悪感を持たないでくださいね。

罪悪感をもってもいいんですけれど
大きな「愛」を与える力も備わっていることを忘れないでください。



あなたは与えてる

自分が何を与えているか知りたい方ぜひ、
こちらに
あと3人です





村づくり、ごみひろいから

素敵な一日を
byばなな

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