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ばなな村 開村記 1
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ばななが舘林という縁もゆかりもない土地で過ごす時間を綴った
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親戚がいるわけでもなく、 友達がいるわけでもなく、 遊びに来たこともありませんでした。 じつは栃木だと思っていた、館林。
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たてばやし。 暑いのとつつじが有名なのは知っていたけれど、それだけ。
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まず、漢字がかけなかった。 立林? 舘林? えっ「館」っていう字なの? そんな舘林に引っ越すことを決めたのは8月4日のことでした。
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もともと住んでいたのは、埼玉県の鴻巣。 結婚したての頃に住んだ賃貸マンション。
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結婚してぼくらは上尾に住んでいました。 2階建てのこじゃれたアパート。
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下の住人に「かかとをつけて歩くな」 と理不尽な要求をされて困惑(´д`)
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義父がここにマンション作っているって聞いて 物件の内覧もせずに決めてしまいました。
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そうこうしているあいだに子どもを二人授かりました。
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いつか引っ越そう。 夢の一戸建て。 いつか、ってやっているうちに24年半。
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気がつくと2人の子どもも21歳と16歳。なってました。
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180センチを超えた16歳の息子と奥さんと三人、川の字で寝る日々。
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また、25年もいたため当然老朽化して、 歩いていると、めくれたフローリングの木片に 足の裏が刺さることもしばしばでした。
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中学校の卒業式後息子から手紙をもらいました。 「自分の部屋がほしい」
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そして追い打ちをかけるようにコロナの自粛生活が続き 狭い部屋に常に4人がいるようになりました。
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そして、年頃が故にコミュニケーションもなく、 なんかギクシャク。
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隣でぼくら夫婦はオンライン講座をしていて 声もまるぎこえ。
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また、奥さんのともちゃんは、 託児をしたりリトミックをしたりかるのが夢。 それにはあまりにもせますぎる。
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ぼくは、といえばいつか学校を開く予定。 ぼくの家では縁ある人とミーティングをしたり
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「よし、引っ越そう(^^) そして引っ越し先で村を作ろう」 そんな妄想が頭を駆け巡り、ようやく本腰を入れたのでした。
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4人がそれぞれの部屋を持つ 戸建てのおうち お庭がある。
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自分の家で学校をしたい。 自分の家が砂漠のオアシスのように シルクロードにある市場のように 子供がやってきて お母さんやお父さんがやってきて。 交流や気づきが生まれる。
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そんな場を作りたい。
鴻巣は好きなのだが、長くいすぎたので、 気がつくとぼくは『子どもたちのお父さん』と呼ばれていて しかもぼくは先生スタートの地。
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何か人生の流れを変えたい。
茨城、千葉とさがしたもののなかなか決め手がありませんでした。
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先生の時は「買い放題ですよ」みたいに言われたのに。
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しかも、みんなが集えるくらいのサイズだとなおない。
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息子が埼玉県北の高校に通うことが決まってからは栃木県に絞られた。 栃木市、佐野市、足利市。 7月は何度もこれらの町に通った。
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そして、鉄道を使うと息子の高校に通うことができる。
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ダメ元で調べました。 そうしたらちょうどいい感じの家が見つかった。
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連絡したら、 「すぐに借りてください」 って言われました。
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どうも借りたい人がいるらしいのですが 大家さんのフィーリングと合わないらしく、 ぼくらのような家族をさがしていたというのです。
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『流れのまま
村を作る』
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No.1872
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